2017年12月7日

11月定期テスト結果 やったぜ!三進生!!


2017年12月4日

野口英世

 野口英世と聞いて思い出されることは何でしょうか?
千円札、医者、黄熱病(おうねつびょう)の研究・・・などが知られるところですね。野口英世と聞いて私が思い出すのは、1992 年に公開された映画「遠き落日」です。
 この映画は、野口英世の生涯と彼を支えた母シカの物語です。野口英世は、福島県猪苗代湖(いなわしろこ)近くの農村に生まれました。母シカが一生懸命働きながら、まだ幼い英世を面倒見ていました。あるとき、英世は、いろりで大やけどを負ってしまいます。やけどを負った左手をかばいながら、英世は現実社会の壁にぶつかりながらも、前を見て、一生懸命、時代を駆け抜けました。母シカの支えもあり、英世は勉学に集中し、非常に優秀な成績を修めました。周囲も彼の頑張りを支えるべく、手術費用を集め、左手の手術の成功へと導きます。左手を自由に動かせるようになった英世は、医学の道を志すようになりました。その後、恩師の勧めもあり、東京に上京し、勉学を積み重ねて、やがては医師の免許を取ることができました。
 この映画を見て、「一生懸命、勉強するってこんなに大事なことなんだ。」と当時、小学生の私は思いました。それからというもの、何でも積み重ねていけば、必ず結果につながることを信じて、一歩ずつ進んできました。途中迷いはあるでしょう。しかし、英世のようにただ前を見て、ひたすら前を見て、突き進むことに大きな意義があるのではないでしょうか。野口英世

 勉強においても、一つひとつの積み重ねが大切です。知識の断片がつながりを持つためには、ゆっくりと時間をかけて熟成させる必要があります。国語の漢字、数学の計算、英語の単語、理科社会の一問一答を丁寧にこなし、その先に「実力」が作られていきます。基本を整えること、積み重ねに重点を置くこと、生徒たちを指導する側になって、今改めて大事なことだと感じています。

下土狩校 小林一弥


2017年11月10日

橋本左内と福澤諭吉

 福沢諭吉といわれて、何を思い浮かべるでしょうか。
「学問ノススメ」、慶応義塾大学、一万円札…。
日本人にとって、最もイメージしやすい偉人といえるかもしれません。

 幕末のころ、福沢諭吉は大阪の緒方洪庵(おがたこうあん)の開いた ※1「適塾(てきじゅく)」で様々なことを学んでいました。
あるとき彼は、親友でありライバルでもある※2橋本左内(はしもとさない) が夜になるとこっそり部屋を抜け出すことに気付きました。そして、ある夜 そっと彼の後をつけたのです。
すると、橋本はある橋の下に降りていきます。
そっと橋の下をのぞくと、そこには家のない病人が何人かおり、彼はその 人たち一人ひとりを看病し、診察していたのです。
福沢は橋本に声をかけ、尾行したことを謝りました。
橋本は微笑んで首を振り、言いました。
「学んだことがいま生きている人に役立たなければ、そんな学問は意味がありません。」

 後に福沢諭吉は、現在の慶応義塾大学の前身となる塾を開きます。そこで彼は学生たちに対して常に「学問は実際に役立たなければならない」ということを教え続けたのです。
 もし、橋本左内という人物がいなければ、私たちが知っている偉人・福沢諭吉はなかったのかもしれません。 このような話は決して偉大な功績を残してきた先人たちだけに当てはまる話ではないと思っています。
寺子屋  子供たちは大いなる可能性を秘めた「原石」です。
刺激を与えあい、切磋琢磨することのできる仲間というのは、子供たちの成長にとても大切だと日々感じています。

※1 適塾 緒方洪庵が大阪に開いた蘭学(らんがく)を学ぶ塾。橋本佐内、福沢諭吉をはじめ、幕末から明治にかけて活躍した多くの人材を生み出した。
※2 橋本佐内 福井藩の武士。大阪に出て、医学・蘭学を適塾で学んだ。福井に帰郷後、藩の改革で活躍した。


下土狩校 岡田 怜


2017年10月27日

2学期中間テスト結果!

テスト結果

2017年10月18日

米の語源

 食欲の秋ですね。
お米が美味しい季節です。
私たちの生活に欠かすことのできない 米ですが、「米」の語源をご存じですか?

稲穂  実は言葉というのはその国の人々が大事に しているものほど細かく増えていきます。 私たちの国では米の呼び方がすごく細かく分かれています。
まず田んぼに生えているお米は「稲」
それを刈り取って稲からとった皮がついたままのお米は「籾(もみ)」
その皮をはいだものは「白米」
それを水に浸けて、火で炊いたものは「ご飯・めし」
水を多めに入れて柔らかく炊いたものは「おかゆ」
こんな風に呼び名が分かれています。でも、英語ではこれらは全て「rice」と表記されるのです。それだけ日本人が米を大事だと思っているというあかしですね。いろいろな思い、何か神聖なもの、生命力、そんなものが込められたもの、という意味なんですね。そして、この「込める」が「米」の語源じゃないかという説があります。

 言葉にはその国の「歴史」、そして「思い」が宿ります。 言葉を知るというのは「歴史や思い」を引き継ぐことにもなるのです。だから、一つでもたくさんの言葉を生徒たちには学んでいってほしいと、私たちは考えています。

下土狩校 川人奈津美


2017年10月13日

今日は何の日?

 今から 150 年前の 10 月 13 日は、日本の歴史の大転換となった日でした。歴史の教科書 P158 を開いてみると、その様子が垣間見えてきます。奥の座敷に地位が高いと思われる男性が一人、手前に膝まづく家臣たち。 この様子は、「大政奉還(たいせいほうかん)」、江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜(よしのぶ)が京都の二条城で、家臣に政権返上の決意を伝えている場面です。
 舞台となったのは、二条城の二の丸御殿。建物内の大広間一の間、二の間と呼ばれるところで、広さはそれぞれ 48 畳(じょう)、44 畳となっています。この部屋は、将軍が諸大名と対面した部屋で、二の丸御殿の中でも、最も格式の高い部屋と呼ばれています。現在は、大政奉還を再現した人形が置かれ、当時の様子を偲(しの)ぶことができます。襖(ふすま)の色あせた金箔、狩野探幽(かのうたんゆう)が描いた大きな松の図、時が止まったまま当時の様子を物語っているかのようです。
 当時、開国によって日本社会は大きく混乱していました。開国を選択した江戸幕府の政治を良しとせず、薩摩 (鹿児島)、長州(山口)が中心となって幕府を倒そうという動きが高まっていました。この状況下で、大政奉還、すなわち天皇や朝廷に政治の実権を返すことは、260 年あまり続いた江戸幕府の終わりを意味するものでした。徳川慶喜自身、「大政奉還」を選択したことは、非常に悔しい思いだったに違いありません。しかし、日本を二つに分けることなく、薩摩や長州との正面からの対決を回避 したことは歴史的な判断だったといえるのではないでしょうか。
歴史上人物  江戸から明治へ。時代が動くとき、大きなエネルギーが人々を巻き込みます。教科書に載っているのは、P159 のたった 3 行ですが、3 行の中に大きな歴史のうねりがギュッと詰まっているのです。この 3 行を読んだだけでは理解できない歴史の面白さを、塾の授業では、see-be で映像を見て、解説を交えながら深めています。一問一答の用語をひたすら暗記するだけでは、なかなかそうした面白みをつつくことができません。ただテストのために覚えるのではなく、そういった歴史の本当の意 味での面白さを感じてもらえるように、日々授業をしています。

下土狩校 小林一弥


2017年9月29日

【中1・中2】9月テスト結果!

三味線

2017年9月16日

【中3】第1回学調結果!

三味線

2017年9月2日

気付ける人、動ける人

てるてる坊主  先日、三島総本部校から下土狩校への移動の際に、コンビニに立ち寄ったときのことです。 コンビニの駐車場から車道へ出る際、右から来る車が見えにくくて、車を進められずにいました。 その時、近くの工事現場で交通整備をしていた方が、お昼の休憩のためにそのコンビニに歩いていらっしゃいました。 その人は私の車の方を見て、私が困っていることに気付き、さっと車道の様子を確認して私の車を誘導してくださいました。 私の運転技術が拙(つたな)い点はさて置いて、その人は、自分の仕事場でもない場所で、全くの見ず知らずである私を、とっさに助けてくれたのです。
 サナスタの小学3・4年生のクラスで、子供たちは「至誠(しせい)天に通ず」という言葉を習いました。 真心を持ってことに当たれば成功するという意味です。 真心を持って行動できる人の行動とはこういうものかと、とても感動した出来事でした。
「ああ、あの人は今困っている。」
「ああ、自分は今あの人の手助けができるかもしれない。」
そんなふうに、気付ける人はとても素敵です。 また、それを行動に移せる人は勇気のある人だと思います。 自分もそんな人でありたい。私の生徒たちもそんな人になってほしい。と、改めて感じました。

下土狩校 川人奈津美


2017年8月9日

先人の言葉に学ぶ

てるてる坊主 夏休みです。学校の授業はストップしています。時間にゆとりがあります。勉強するにはこの上ないチャンスということになります。苦手な教科・単元を克服して遅れを取り戻すには十分な時間があります。また、得意分野を強化して絶対的な自信をつけることも可能です。一歩踏み出すかどうかは自分の気持ちひとつ、というわけですが、暑い、だるい、まだ大丈夫…とやらない言い訳が次々出てきてしまう人が少なくないかもしれません。ところで、みなさんは「座右の銘」という言葉を知っていますか。いつでも心に留めておきたい、その人にとっての考え方や生き方の支えとなる言葉のことです。そして、そのほとんどは、偉人が残した名言です。今回は、そんな言葉の中から、勉強に関わる名言をご紹介します。どれも非常に有名な言葉で、多くの人に知られているものばかりです。

●天才? そんな人間はいません。ただ勉強です。
常に計画して努力するだけです。
  〜ロダン(フランスの彫刻家)
●今日できることに全力をつくせ。
そうすれば明日、一歩進歩しているでしょう。
  〜ニュートン(イギリスの自然哲学者)
●私は特別な人間ではない。
しいて言えばふつうの人より少し努力しただけだ。
  〜アンドリュー・カーネギー(アメリカの実業家)
●天才は1%のひらめきと99%の努力でつくられる。
  〜エジソン(アメリカの発明家)

やはり、何かを成し遂げるためには、努力無くしては語れないようですね。しかし、それだけでもなさそうです。
最後に論語(中国古代、孔子とその弟子たちの言葉を残した書物)からももう一つ。

●これを知る者はこれを好むものに如かず。
 これを好むものはこれを楽しむものに如かず。
(その事柄を理解していると思っていても、本当に好きな人の知識にはかなわない。しかし、その好きな人の知識も、それを楽しんでいる人の知識にはかなわないものだ。)→「好きこそものの上手なれ」

 好きになる、楽しむ。だから努力できる。私たち教師も授業を通して、好きになるきっかけ、楽しいと感じる瞬間を少しでも多く感じてもらえたらと常に考えています。でも、そういったきっかけは、実はいたるところに転がっているのです。見えていない(見ていない)、 聞こえていない(聞いていない)だけなのかもしれません。さあ、しっかりと目を開き、しっかりと耳を傾けて、残りの夏休み、今までとは少し違った過ごし方をしてみませんか。

下土狩校 若林一浩


2017年7月12日

不思議な数学の問題

てるてる坊主 今回は身近にある、不思議な数学の問題に触れてみたいと思います。
普通のコピー用紙があります。
何回折ることができればそのコピー用紙の厚さは月に届くでしょうか?
答えは・・・43回です!
コピー用紙は0.08ミリの厚さがあります。
1回折ると倍になるので、0.16ミリ。さらにもう1回折ると厚みは4倍の0.32ミリ。
43回折ると、およそ38万キロメートルになり、なんと月まで到着します。
100回折ると、太陽まで届くという計算になります。
これを計算で検証してみました。
一度も折っていないとき、紙の厚さは、0.08mm
一回折ると、次のようになります。
0.16=0.08×2
かたつむり もう一回折ると、
0.32=0.08×2×2
さて、このペースで43回折ると、
0.08×2の43乗 (8,7960,9302,2208)になります。
距離にすると、70,3687,4417,7664mm=約70万km
42回だと、 35,1843,7208,8832mm=約35万kmで、月までの距離は38万4400kmなので、
43回折ると通り過ぎ、42回ですと3万キロ足りないという検証結果でした。
どこにでもあるコピー用紙が月よりも高い所へ届くなんて、信じられませんね。
もちろん紙を43回も折るのは、実際には不可能なことですが、身近にある一枚の紙が、こんなにすごい可能性を秘めているなんて、なんだかとてもわくわくします。
かたつむり  夏は子供たちにとって、大きく成長できる季節です。
自分の可能性を信じ、果敢(かかん)にチャレンジする生徒たちを、我々も精一杯応援していきます。

下土狩校  岡田 怜


2017年6月28日

言葉の力

てるてる坊主 数年前、治療のために訪れたある病院でのことです。医師から検査の結果と治療法の説明を受けて診察室から出ようとしたとき、年配のベテラン看護師さんが、私に向かってふとした言葉をかけてくれました。そのいたわりの言葉は、その時の私の中にじわじわと染み込んできました。そして、ただただうれしくて涙が止まらなくなりました。初対面のその看護師さんの何気ない言葉が、一人の患者の心に強く響いたわけです。言葉が持つ力の大きさを改めて実感しました。かたつむり

 言葉を発する時、そこには必ず相手が存在します。だからこそ、自分の言葉に対して相手がどう感じるのか、つまり、伝わり方がとても重要なのだと思います。表面上は同じ言葉でも、厚みのある言葉・薄っぺらな言葉・説得力のある言葉・うそくさい言葉…と伝わり方は様々です。また、その相手との関係・距離によっても伝わり方が違いますし、その時の相手の心の状態…不機嫌なとき・落ち込んでいるとき・よいことがあったとき…によっても伝わり方が違うでしょう。こう考えてみると、その場に応じた言葉を、適切に、上手に使いこなすということは、本当に難しいことだと感じます。

 私たちは、一日の生活の中で、いったい何人の人に、いくつの言葉を発しているのでしょう。手紙や作文などの文章であれば、他人の目に触れる前によく見直して書き直すことができます。しかし、言葉は違います。ひとたび口から出た言葉は取り消すことができません。心ない一言によって思いがけず相手を傷つけてしまうのは、言葉のしわざです。一方、前述の看護師さんのエピソードのように、相手に感動を与えることができるのも言葉の持つ大きな力です。

 さて、私たち教師はといえば、言葉を使わずには成り立たない立場にある以上、当然、他の人よりも言葉を使う頻度が高くなります。そのため、授業はもちろん、保護者会・面談などで言葉を発する際に、相手にどれだけプラスの影響を与えることができているか、また、逆に無意識のうちにマイナスの影響を与えてはいないだろうかということを常に振り返ることになります。「相手あっての言葉」ということを肝に銘じて、日々過ごしていかなければと思います。

下土狩校 若林一浩


2017年6月14日

5月定期テスト結果

三味線

2017年5月12日

○○世代

 ○○世代と聞いて、思い浮かぶのは何世代でしょうか。みなさん、色々想像されると思いますが、私にとっての「○○世代」は「松坂世代」です。「松坂世代」とは、現ソフトバンクの松坂大輔選手をはじめ、1980年生まれの野球選手を指して、マスコミが使い始めたものです。その世代の代表とでもいうべき松坂選手の活躍は、記憶に残るものでした。1998年夏の甲子園は、まさに伝説!!ともいうべき快進撃。準々決勝、「延長17回の激闘」、準決勝、「6点差からの大逆転」、決勝、「ノーヒットノーランの達成」。ラジオ越しに大会本選での活躍を聞きながら、手に汗を握って伝説の一部を共有していったのは私だけではなかったはずです。私は当時神奈川にいましたが、松坂選手の活躍を同世代の星として見ていました。夏の甲子園以降、ドラフトで西武ライオンズに決まるまで、やっぱり松坂、さすが松坂と友人同士の会話でもよく出てきました。現に松坂選手に触発され、多くの同世代が俺も!私も!となっていったはずです。そんな現象と時代感覚の共有が松坂世代を生み出したのかもしれません。

sakura  今プロ野球で頑張っている松坂世代の選手は、ソフトバンクの和田毅(わだつよし)、巨人の村田修一、杉内俊哉(すぎうちとしや)、阪神の藤川球児などたくさんいます。プロ野球からさらに視点を広げてみると、サッカーの中村憲剛(なかむらけんご)、バスケの田臥勇太(たぶせゆうた)、スポーツ以外では、「火花」で芥川賞を受賞した又吉直樹、ドラマ「カルテット」「おんな城主直虎」で活躍している高橋一生、「sun」「恋」で有名な歌手・俳優・文筆家の星野源など、頑張っている1980年生まれは、数えきれないほどです。

 世代(ジェネレーション)とは、お互いに影響しあって、その時の文化や時代の流れを生み出す人々の集まりなのかもしれません。あいつが頑張っているから俺も!あの子のように私も!とお互いがお互いを意識しあい、相互に高めていった結果、時代を引き寄せていったのでしょう。みなさんも、ぜひ同世代の刺激を人生の早いうちに受けたほうが良いと思います。今から20年前、神奈川のとある球場で、あの横浜高校の松坂選手の活躍を見たこと、それから何年か経ってソフトバンク和田選手に学生時分に握手できたあの瞬間、私は一歩踏み出す勇気を彼らからもらいました。

 小中学生のみなさんも、ぜひ同世代のこれからの活躍に関心を持ってください。卓球では、平野美宇さんが、アジア選手権女子シングルスで優勝しました。女子フィギアスケートでは、本多真凜(ほんだまりん)さん、三原舞依(みはらまい)さんが活躍しています。将棋界では、藤井聡太(ふじいそうた)さんの連勝記録は話題になりました。Jリーグでは、久保建英(くぼたけふさ)さんが今年の4月に15歳11カ月の史上最年少で得点しました。こうした同世代の活躍は、みなさんにとっても励みや目標になっていくのではないでしょうか。人との出会いは、きっとあなたたちの財産となります。この三島進学ゼミナールには、みなさんのこれからを照らす「よきライバルが」「よき友人が」あなたたちの人生の道しるべとなるべく待っているかもしれません。

下土狩校 小林一弥


2017年4月15日

言葉の力

sakura 毎年、桜が咲くと、「言葉の力」という作品を思い出します。 今月初めに亡くなられた、三島市出身の詩人、大岡信さんが、染色家の方が染めた桜の染物を見て、「言葉」というものに思いをなす随筆作品です。
 中2の教科書の最後の方にも載っているのですが、これから中3という大切な一年を迎えるこの時期に学習するというのは、とても秀逸だなと毎年思います。
 桜染めの美しいさくら色は、実は 花が咲く直前の幹の皮からとれる、樹液の色なのだそうです。それを見ると、桜が全身全霊で春の美しいさくら色を生み出そうとしていることに気付かされます。 桜の花というのは樹全体の休むことない一年の、ほんの一端が姿を現したものです。でもその花びらは、背後に大きな幹が美しい花を咲かせるために暑い夏や寒い冬を越えてきた、その過程を背負っているのです。言葉も花と同じで、その人間のほんの一部が言葉としてこぼれてくるにすぎません。でもその言葉は、その人間の全体を背負っているのです。こういうことを念頭に置きながら言葉を発するとき、美しい言葉、正しい言葉というものが自分のものになっていくのです。
 大岡さんの言葉に対する思いの深さを知ると同時に、言葉だけではなく何でもそうだなと思うのです。
 桜で言うと、花は結果に過ぎません。けれど、精一杯一年を生きた結果です。中3の生徒たちに置きかえると、大切なのはどの高校に行くかではなく、どうやってこの一年を過ごし、その高校に行くかです。 生徒たちにも、桜のようにこの1年を精一杯生きてほしいと思います。生徒たちが、暑い夏や寒い冬を越えて、最高に美しい花を咲かせるように、わたしたちも一年間全力で指導してまいります。
 春本番の今日という一日、桜前線の到来とともに、笑顔でこの春を迎えてみませんか?

下土狩校 川人奈津美


2017年4月5日

春がきた

 春の訪れとともに思い出すのは、「さくら さくら」「早春賦(そうしゅんふ)」などのメロディーです。中でも「春のうららの隅田川(すみだがわ)…」で始まる「花」は日本人にはなじみ深いものでしょう。武島羽衣(たけしまはごろも)が作詞し、瀧廉太郎(たきれんたろう)が曲をつけました。歌曲「四季」の最初の曲であり、当時の楽曲の在り方を変えるものでした。二番の歌詞は、隅田川のみずみずしいまでの春の情景を描きます。「あけぼの、みず、あおやぎ」。その言葉の重なりが古きよき時代の日本を感じさせます。 古き良き日本の言葉で思い出すのは、「浜辺の歌」です。林古渓(はやしこけい)作詞、成田為三(なりたためぞう)作曲です。歌の中に「しのばるる」など、昔ながらの言葉が使われています。
 林古渓は、湘南、辻堂(つじどう)の海を思いはせながら、この詞を書いたと言われます。「…寄する波も貝の色も」一番の歌詞にありますが、岸にうち寄せる波は優しく、湘南の海、早春の海の風景は、誰をも優しく包み込みます。春のある日、さくら貝を広い集めた光景は、私の幼き日の思い出となっています。 三味線
 春本番の今日という一日、桜前線の到来とともに、笑顔でこの春を迎えてみませんか?

下土狩校 小林一弥

←さくら貝

2017年3月21日

【中1・2】学年末テスト結果

三味線
三味線

2017年3月14日

「出会うということ」

 出会いは、人を大きく成長させます。今まで知らなかったことを発見したり、思ってもみない考えにふれたり、これから自分が前に進むためのエンジンになることは間違いありません。自分の将来を面白いものにしていくためにも、みなさんには、たくさんの出会いを経験してほしいと思います。これからお話しすることは、私が経験した出会いの一コマです。
 2001年、「O'HANAスピリットラン」というイベントの中で、「花」という歌を歌っていた喜納昌吉(きなしょうきち)&チャンプルーズのメンバーの方と出会いました。O'HANAとは、ハワイの言葉で「きずな」の意味。 神戸から東京までの約700キロをみんなでリレーして、きずなをつなごうというイベントでした。目的は、阪神・淡路大震災から6年が経ち、21世紀の節目の年に平和のメッセージを伝えようというものでした。そのスピリットランのルートに偶然にも三島が入っていたのです。リレーの一行が三島に到着した日、私もその場に駆(か)けつけました。 チャンプルーズのこと、沖縄の文化、戦争、平和のこと、そして、今、なぜ走るのかということ・・・ 私はいろいろと質問しました。チャンプルーズのメンバーの方は丁寧に答えてくださいました。 「走ることで平和のメッセージを伝えたいんだ。花という歌には、そのメッセージがこめられている。沖縄の美しさばかりだけでなく、現在起きていることにも目を向けてほしいし、そこから問題を考えるきっかけにもなってほしい。美しく聞こえるあのメロディには、喜び、悲しみ、さまざまな思いがあるということ。そのメッセージを伝えるために走るんだ。届けていくんだ。」
 彼らのバイタリティーには、ただただ驚くばかりでした。初対面であったにもかかわらず、話が深まるのに、時間はかかりませんでした。あの日、あの時、大切な時間に今振り返っても感謝したいと思っています。
三味線
 出会いとは、不思議なものです。自然とひきつけられて出会うこともあるでしょうし、自分から求めてその機会を得ることもあるでしょう。いずれにしても、思いというもの強く持てば、いつかは「自分が求めるもの にきっと出会うことができます。まだ見たことのない世界に足を踏み入れていくのはなかなか勇気のいることですが、それをふりしぼって「新しい一歩」、踏み出す気持ちを大切にしてほしいと思います。一歩踏み出したそのあとには・・・。出会い、それをきっかけにそれまでの自分になかった新しい一面が生み出されていくのかもしれません。

下土狩校 小林一弥