2018年5月19日

京都の町を歩いてみると・・・

 修学旅行シーズンですね。金閣寺・銀閣寺・清水寺・東大寺・・・。京都・奈良の貴重な世界遺産をまわる経験というのは、とても大事な機会だと思います。今回は、社会の勉強を兼ねながら、教科書に関連したスポットを紹介します。

京都 @祇園の看板
 祇園の通りを歩いていると、ある看板が目に入ってきます。外国人観光客向けに建てられた看板なのですが、
・舞妓さんに触れてはいけません。
・柵に寄りかかってはいけません。
・歩きたばこはいけません。
・ごみのポイ捨てはいけません。
など、まちを歩く際のマナー事項が絵で示されています。京都を訪れる外国人観光客は年々増えており、地理の教科書P209のグラフを見ますと、1990年から2010年では約2.5倍、増加しています。確かに、市内を歩いていると、韓国語、中国語、英語、フランス語、ドイツ語、様々な言葉が聞こえてきます。修学旅行は、国際観光都市「京都」をまさに実感できる経験になるでしょう。

A阿弖流為(あてるい)の碑
 清水寺の舞台から音羽(おとわ)の滝をめぐり、ほぼ一周したかなあと思う頃、見つかると思います。ただし、よく注意していないと通り過ぎてしまうかもしれません。石碑に刻まれている字を見ますと、
北天の雄  阿弖流為 母禮(もれ) 之碑
となっていて、アテルイをたたえる碑だとのことです。アテルイは平安時代に朝廷に抵抗した蝦夷(えみし)のリーダーです。蝦夷を征伐するリーダーに任じられた坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)と戦いましたが、激戦の末、田村麻呂率いる朝廷軍に降伏し、捕虜(ほりょ)となり都(平安京)へ連れていかれました。 歴史の教科書P49には、大阪府枚方(ひらかた)市にあるアテルイの塚が載っています。清水寺には、坂上田村麻呂とゆかりの深いお寺ということで、アテルイをたたえる碑文をつくることになったそうです。清水寺を訪れた際には、碑文を探してみるのも面白いでしょう。

 京都には社会の教科書にまつわる穴場スポットがまだまだあります。自分の足を使って、見たり聞いたりした経験は何よりも貴重な体験となります。修学旅行は、学問を修める旅行ですから、よく見聞し、知識を深めてくださいね。

下土狩校 小林一弥


2018年4月6日

明治学制・旧開智学校

 中学校の歴史教科書P162に、長野県松本市旧開智学校(きゅうかいちがっこう)の建物が写真で紹介されています。この和風と洋風とが合わさった立派な外観、当時の地域の人々の教育にかける熱い思いをくみ取ることができます。折しも、時は明治五年、新政府が学制を交布し、小学校から大学校までの学校制度を定めました。満6歳になった男女は小学校に通うことが必要になりましたが、小学校の建設費が地元負担であったことから、学制に関し、不満に思う人々が多かったとのことです。しかし、旧開智学校が建設された長野県松本の地域は、状況が異なりました。旧開智学校の建設では、校舎の建設費のおよそ7割は松本の地域の人々による負担でした。このことからも、地域の人々が学校建設に大きな期待を寄せていたことがわかります。もともと長野では、江戸時代から寺子屋教育が盛んであり、その土壌が校舎建設を後押ししたといっても過言ではありません。文化・文政の時期、長野を代表する俳人、小林一茶(こばやしいっさ)が活躍したそのころ、長野の地域全体の70〜80%の寺子屋が教育を始め、庶民の学習熱は高まりました。読み・書き・そろばん、一般教養を修めることが、当たり前の状況でありました。そこに来て、開国、明治新政府の学制です。松本での旧開智学校の開校は、必然的(ひつぜんてき)なものだったといえるでしょう。
 授業は、掛図(かけず)による指導が中心でした。掛図とは、教師が子どもたちに見せながら教えるための図です。歴史教科書P162 左上にも、掛図による算数の指導が行われています。当時は教科書がまだなく、この掛図を用いて効率的に指導したとのことです。他教科にも、この図は応用され、国語(いろはにほへと)、理科(植物図鑑のようなもの)、美術(色相環・しきそうかん)などがあったそうです。
 授業以外に注目すべきなのが、子どもたちのしつけに関する指導です。

 当時の尋常科(じんじょうか)の1・2年生に向けての指導だそうです。いずれも徹底されており、厳しい印象を受けました。この厳しさの中で、地域を、次代(じだい)を担う世代が育っていったのですね。このような指導が、東京ではなく、長野の松本という地方都市で実現されたこと、その前段階として、江戸時代の民間教育が育っていたことは、驚くべき点です。「教育の原点はここにあり。」地域の人々の熱き想いを垣間見た気がしました。
学校  歴史を勉強することは、当時の人々の生き方に目を向けること。教科書では、ほんの数行ですが、その数行に驚くべきことが濃縮(のうしゅく)されているのです。授業では、その濃縮された内容を伝えていきたいと思います。


下土狩校 小林一弥


2018年3月22日

進級おめでとう!!

今年の春も多くの生徒たちが高校入試に立ち向かい、下土狩校を巣立っていきました。度重なる小テストや大量の宿題が出された夏期特訓、弁当持ちで1日8時間授業をした冬期特訓・入試直前特訓など、最後まで頑張り通した生徒たちに心から拍手を送ります。今後、中等部を終えた一人ひとりが、仲間とともに頑張った特訓授業や高校受験という貴重な体験を胸に刻み、希望に満ちた高校生活を送っていくことを心から願っています。 
新高1の皆さん、高校入試はゴールではなく、新しいスタートラインです。これからの人生の中で、いろいろな試練があるでしょう。しかし、三進で培った「ド根性の精神」でそれを乗り越え、輝かしい未来を自分の手で掴み取ってほしいと思います。
今の君たちなら、何があっても負ける気がしません。我々はいつでも応援しています。

沼津東高校合格 長泉中 Aくん

私は中一の頃、成績は学年の真ん中くらいでしたが、三進に来てから、いっきに成績が上がりました。おそらく私がここまで成績を上げることができたのは、塾の先生方の大きな支えがあったことと、勉強を上手に行えたからだと思います。ただ塾に行くだけ、ただ授業を受けるだけでは良くないと思い、いろいろな試行錯誤をして自分に最も合っている勉強法を身につけました。中三になって、夏の100時間授業など大変なことはたくさんあったけど、自分のやり方を身につけておけば乗りこえていけるんだと、感じました。どんな事も知恵をしぼって工夫をすれば、きっと成功するんだと、受験勉強を通して学びました。

韮山高校合格 長泉北中 Bくん

受験勉強をする中で、僕はライバルである仲間の存在が大切だと感じました。ライバルではあるけれども、互いに頑張りあえる、応援しあえる、笑いあえる仲間。そんな仲間が三進にはたくさん来ています。僕はそんな仲間達がいなければ、今の自分はいないと断言できます。仲間と共に頑張ってきた努力のおかげで、今この場に自分が立てていると思います。僕は三進の先生が大好きです。ユーモアかつ愛情あふれる先生の一言一言が胸につきささり、受験勉強の支えになりました。いやー、今思うと本当に三進に入ってよかった。よいところしかない。大切な仲間、先生に出逢えて本当によかった。最後に伝えたい、一言。
「ありがとう。」


2018年3月14日

理想を胸に

 中学1・2年生の学年末テストの結果も出そろいました。今回のテストでは、ある中学校の2年生の国語で、星野道夫さんの「アラスカとの出会い」が出題されました。星野さんは大学時代、一枚の写真をきっかけに単身アラスカへ渡り、写真家としての自分の人生を自分の力で切り開いた方です。これから3年生になり、人生の試練の一つである受験というものを意識しはじめるこの時期に、ぜひ考えてもらいたいテーマのいっぱい詰まった作品です。

 ところで、星野さんほどの劇的な出会いではありませんでしたが、私にも教師を夢見て勉強していた大学生のころ、自分の人生に少なからず影響を与えた出会いがありました。

 ある日、講義の中で、大村はまさんという女性教師の教師授業風景を撮影した映像を見せられました。大村先生は、生涯を現場の一教師として子供たちに向き合い続けた国語教師です。彼女が教師として生きたのは、英語や数学や国語といった、いわゆる5教科を、女性教師が教えること自体、珍しい時代でした。

 映像を見ただけですので、「出会った」という表現は正しくないかもしれません。しかし、大学を卒業して何年も経った今でも理想の教師像として胸に焼き付いています。子供たちが生き生きとして考える。自分の意見を言う。さまざまなことに興味を持ち、学ぶ。夢を語る。そんな教室の風景が、その大村先生の語りかけや質問により生まれている。本当に感動したのを覚えています。三進の教壇で生徒たちに向き合っている今も、やはり理想として描くのはあの授業風景です。

 大村先生の言葉の中で、私が教壇に立つとき、大事にしたいと思っているものの一つに、次のようなものがあります。「子どもというのは、身のほども忘れて、伸びようとしたり、伸びたいと思っている人間です。その子どもたちと同じ気持ちになることが、まず大事でしょう。」
 生徒たちが、それぞれの夢や理想を新たにする春。
私も改めて若き日の理想を胸に抱き、生徒たちと共にスタートを切りたいと思います。

下土狩校 川人奈津美


2018年3月13日

中1・2学年末テスト結果